COLUMN コラム

コラム Vol.13

【香川県漆芸研究所】創立70周年記念作品展

会場に一歩足を踏み入れると、照明の下で静かに光を返す漆の艶が目に留まります。
深くてあたたかい色。そこに人の手のぬくもりが感じられます。

2025年10月25日 (土) ~ 11月9日 (日)に香川県文化会館で開催された「漆研展」は、香川漆芸研究所の70周年を記念して行われた展覧会です。
人間国宝をはじめとする巨匠たちの作品に並び、現在学び続ける研究生、修了生たちの作品が120点展示されていました。

今回はその中から、研究員のみなとふさこさんと若槻万里奈さんに作品制作にかける想いを伺いました。
二人の作品には、素材への深い愛情と、女性らしいやさしさが宿っていました。


記憶とあそび心を箱に込めて ― みなとふさこさんの存清色紙箱「大きなマッチの木」




「漆は奥が深いです。三年間学んでも、まだ触れていないことがたくさんあって。せっかく人間国宝の先生方から直接教わる機会があるのだから、もっと長く学びたいと思いました。」

北海道出身のみなとさんは、修了後も研究員課程に進み、日々新しい発見を重ねています。

彼女の出展作品は、色紙箱。
幼いころ、実を付けた様子がマッチ棒のように見える木を見つけ「マッチの木」と名付けた思い出をモチーフに、ツツジの植え込みを箱全体で表現。遊び心を散りばめたといいます。
 
「見る人が“あれ?”と思うような、間違い探しのような仕掛けを入れたかったんです」

箱の表面には、88本のマッチが丁寧に描かれています。
その中に、数本だけ朱色のマッチが混じり、さらにマッチの火薬のきらめきを表す金の部分を、あえて銀色に変えています。
 
箱の中には、自作の中板が入っており、それを外すと、外側の模様と呼応するように一部だけ彫られた細工が現れます。
「間違い探しのように、見てくださる方に“あ、ここだ”って気づいてもらえたら嬉しいです」



うるみ色という深い赤茶の漆を基調に、金と銀のきらめきを添えた箱は、光の加減で静かに表情を変えます。

「漆にしかない素材の魅力と、漆でしか表現できないものがある。完成した時に おいしそうに見える感じがすごく好き。チョコレートのような艶が出ると、食べたくなります。」

彼女の言葉には、素材を愛しぬく優しさと、学び続ける人の誠実さが滲んでいました。



彫漆の彫りによる色の変化と美しさ ― 若槻万里奈さんの彫漆色紙箱「万緑」



若槻万里奈さんは、香川県出身。高校時代から漆を学び、その表現の奥深さに惹かれたと
いいます。
 
「漆って、いろんなものと組み合わせることができるので、思っているよりもずっと自由なんです。色も質感も、重ね方や彫り方でまったく違う表情になる。その可能性をもっと知りたくて、研究員課程に進みました。」

彼女の出品作品「万緑(ばんりょく)」は、自然の中にある無数の緑と色の変化をテーマにした色紙箱です。
初夏の植物は青々とした葉に覆われ生命力に満ち溢れています。深い森林の中でやわらかな陽が差し込む様子を表現しています。
香川漆芸の魅力を最大限に表現出来るような作品制作を心掛けているといい、幾層にも重ねた漆を彫り出し、光と陰の移ろいを静かに描き出しています。



「半年間の制作期間中は何度もくじけそうになります。特に最初の下地の工程は虚無。でも仕上がっていく過程を見て、思い通りになっていったり、“あ、綺麗だな”と思える瞬間があって。そのたびに、楽しいと思って自分のできることは全部つぎ込むんです。」

自然を愛し、光を観察するように手を動かす。彼女の箱には、緑の中にそっと息づく静けさがありました。

若槻さんが感じる漆の魅力は、“時間とともに育つこと”
「漆は直しながら長く使っていくところが魅力。長く愛されて、少しずつ味わいを深めていく。」
自然の美しさを手の中にとどめようとする優しいまなざしが、作品全体を包んでいました。


道具づくりから生まれる、学びと発見

二人に共通しているのは、「まだ学び足りない」という気持ちです。
漆の扱いは難しく、日々の作業は根気の連続。
それでも彼女たちは、刃を研ぎ、道具を削り、自分の手に合う感覚を探し続けます。



「先生に言われたんです。“人が作っているようで、実は道具が作品を作っているんだよ”って。だから道具づくりから始めるんです。手が慣れるほど、作品も少しずつ応えてくれる気がします。」

学びたい、もっと上手くなりたいという静かな情熱が、艶の奥に確かに息づいていました。
彼女らが制作した作品は、香川県や、県にゆかりのある企業・団体の応接室など、様々な場所に貸し出され展示されています。


 
漆は、ときに肌をかぶれさせるほど強い素材ではありますが、貴重な材料として大切に扱われています。刃を研ぐ音、木の香り、手の中の温度――そうした感覚の積み重ねが、作品の中に静かに生きています。
時間をかけて、素材と向き合う。その丁寧さが、漆の艶に宿っていました。
 
若い二人にこれからの展望を聞くと「子どもから大人まで楽しめる作品をつくりたい」「香川漆芸の魅力を、自分なりの表現で広げていきたい」とそれぞれ話していたのが印象的でした。
美しいものが好き。自然が好き。手で作ることが好き。
その“好き”こそが、二人を前へと進ませています。


 
漆の艶が、時を重ねるほど深まっていくように、
彼女たちの学びも、想いも、これから静かに輝きを増していくことでしょう。

【香川県漆芸研究所】創立70周年記念作品展

イベント情報詳細へ