かがわ文化芸術祭2025 主催公演「音楽で巡る瀬戸内の情景」
〜香川県文化会館に響いた瀬戸内の風景〜
2025年11月30日。香川県文化会館芸能ホールで開催された「音楽で巡る瀬戸内の情景」。会場には大勢の観客が集まり、静かに舞台に耳を傾けていました。
この日の演奏会で初演されたオペラ《二十四の瞳》断章Ⅱ「大石先生と息子 大吉」は、多くの観客の関心を引くプログラムの一つとなりました。瀬戸内を代表する文学作品、二十四の瞳を題材に、本公演のために新たに書き下ろされた作品であり、背景には作り手の緻密な準備が見られます。
新作オペラ《二十四の瞳》断章Ⅱ 初演
戦争に翻弄される大石先生と子どもたちの歩み
二十四の瞳は、昭和3年頃、岬の分教場に若い女性の大石先生が赴任してきたところからはじまります。子どもたちに「大人になったらなりたいものはなに?恥ずかしがらずに言ってごらん」という問いかけや、「なれるよ」「絶対無理」というやり取りがつづきます。大石先生は、村の子どもたちにどう教え、どうつながっていけばよいのでしょうかと悩みます。戦争に翻弄される大石先生や教え子たち。明日生きているかもわからない毎日で、息子の大吉がやっと思いついたのは少年航空兵になること。それを聞いた彼女は、戦争が終わっても、この子の未来は霧で見えない。何をしたいか、自分が何になりたいか、透き通るその瞳で未来を見続けてほしいと心の声を切に歌いあげます。
「まだ見ぬ未来を夢見て子どもたちの未来は輝いている。この二十四の瞳を汚していいのでしょうか?」
二十四の瞳の物語には、与えられた逆境の中で、母として、女性として、力強く新しい時代を生きていくであろうことが暗示されています。
短期間で挑んだ制作の舞台裏
そんな二十四の瞳からの断章Ⅰ「なりたいものはなあに」が発表された2019年から数年。続編となる断章Ⅱは、一度コロナ禍で企画が中断したそうです。しかし時を経て、再び「続きをつくろう」という機運が高まり、今年あらためて制作が動き出しました。作曲者の大山晃先生に今回の制作について伺うと、舞台裏の目まぐるしさが見えてきました。
「実は依頼が遅く、本格的に取り掛かったのは今年2月。台本が9月に一度完成したのですが、歌い手の林里美さん(大石先生役)から“少し長いので調整を”という提案をいただき、そこからまた書き直しが続きました。最終稿が完成したのは10月(※本番は11月末)。本当に短い期間でしたが、出演者の皆さんが全力で取り組んでくださいました。」
その言葉には、時間との戦いの中でも妥協を許さず、作品を磨き上げた誠実さがにじんでいました。
短い準備期間でも真摯に向き合った演奏者の姿
さらに作品の構造について伺うと、音楽面でのこだわりが印象的でした。「調が次々と変化する仕組みを入れています。ただし、聴く側が違和感を覚えないよう自然に設計しています。大石先生から息子へ場面が移るときも、フラットの多い世界からシャープの世界にすっと入っていく。」物語の転換を音でも丁寧に描いていて、劇中の心情の揺れや時間の流れがとても滑らかに感じられたのは、この緻密な作曲によるものだったのだと気づかされます。
一方で、演じる側にとってはなかなかの挑戦だったようで、子どもたちの役を演じた香川オリーブ少年少女合唱団の指導者からは「素晴らしいが、難しい曲」との感想がありました。これに対し大山先生は「歌う人たちは本当に大変だったと思います。」と笑います。
子どもたちの合唱は、一音ずつ丁寧に紡ぐような緊張感と、物語を届けようとする真っ直ぐな気持ちが共存し、観ている側の胸にも熱く響きました。
短い準備期間でこの完成度まで仕上げたのだと思うと、舞台裏での努力を想像して胸がいっぱいになります。
今回の断章Ⅱは、大石先生と息子の視点を中心にした新たな物語。昭和の原作に描かれた戦争の影を、令和の今どう伝えるのか。大山先生の音楽は、重たいテーマをただ悲しく描くのではなく、登場人物の心の奥にある「強さ」「優しさ」を浮かび上がらせていました。
特に、母としての大石先生の葛藤、息子のひたむきな心が交差するシーンは、楽譜の転調がドラマの揺れを象徴するかのようで、聴いているだけで胸が締めつけられるものでした。
それでも作品全体を通して感じるのは、希望。
時代が変わっても、子どもを想う気持ち、人を信じる心、人が人を支え合う風景は変わりません。まさに、こだわり抜いた作品。
大山先生の音楽は、悲しみや苦しみを越えたところにある「人の優しさ」を静かに照らしていました。「何を受け継ぎ、何を未来へ渡すのか」をそっと問いかけてくれる音楽。大石先生や息子の心の揺れ、時代の影、そこに宿る小さな希望。そのすべてが音と言葉となって届けられ、原作を知っている人も初めて触れる人も、胸の奥に静かな灯りがともるような作品に仕上がっていました。
ピアニストたちが描いた瀬戸内海
このほか、この日の公演では、瀬戸内をテーマにした楽曲を中心に、多彩なピアノ作品も披露されました。香川ゆかりの作曲家による作品や、高松国際ピアノコンクールの委嘱曲などが披露され、多彩な才能と物語が会場を彩りました。
・屋島(2006年委嘱曲)/渡辺茉実さん
・栗林の四季〜庭園にて〜(2010年委嘱曲)/宮本祥羽さん
・瀬戸内海(2014年委嘱曲)/森西梓さん
・海は恋のかおり(1996年)/道久明子さん
・さぬき民謡集(2002年)/ソプラノ本田矛佳子さん、テノール寺島弘城さん、フルート藤田哲志さん、ピアノ道久明子さん
・うんぽこどんぽこ(2018年委嘱曲)/平田奈夏子さん
・陸に浮かぶ船(2023年委嘱曲)/水野由惟さん
スクリーンに映し出された瀬戸内の風景とともに、それぞれのピアニストが作品の個性を鮮やかに描き、瀬戸内の自然や人々の営みを音で映し出していきました。
瀬戸内の海はいつも変わらずそこにありますが、そこに生きる人の物語は時代とともに変化していきます。今回の公演は、単なる演奏会ではなく、瀬戸内の文化が未来へ向けて動き出す瞬間に立ち会えたような時間でした。

【かがわ文化芸術祭2025主催公演】音楽で巡る瀬戸内の情景















